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般若心経の世界は、お釈迦様が観音菩薩にシャーリープラット君にハンニャハラミツという大海の世界を説明するお話です。
さて、普段我々が着てる服も、車も、パソコンも、家も食べ物も、水も、いえ究極を言うとこの肉体もすべては産まれるてから神様から頂くもので実は何も無いのはわかると思います。
魂から肉体を神様からもらって、母親の胎内に宿ってそして裸で産まれてきます。
そして、両親はじめ、いろんな人の愛情と行為に支えられて成長し、自分で生きられるようになり、仕事して、お金を頂き、それでいろんなものを手に入れる。
ところが、人は一見自分の物と思っているものはすべて神様がその人に似合った物を与えているだけだというのは死ぬ時にわかります。
裸で産まれて、一生の経験だけを持って無になって帰って行きます。その間に手にする「物・事・意識・時間・名誉・失望・など・・・」はその魂が経験する為に神様から与えられたものに過ぎないので何一つ自分の物などはないのです。
これは、江原さんもマザー・テレサも同じ事を言ってました。般若心経はお釈迦様や観音様のお話ですが、その中はもっと「無」「空」の世界を説いていますよね。
たとえば、お金は大切ですが、それすらその人が成長するのに今必要な分だけを神様から頂いているのに過ぎないのです。
◆人は名誉欲・金銭欲・愛情欲・健康欲・物質欲・精神的な欲・・・・・幾つもの欲望があります。
◆それとはまた別に、人や動物・植物・その他宝物に思ってるものに対しての愛情のような菩薩のような心や行為も働きます。
一見すると正反対のような2つですが、これもすへてはハンニャハラミツの大海の波の一つでしかなく、大宇宙の生命活動に過ぎないと般若心経では説いています。
だからどちらもあって当然なんです。
絶対神というのは存在するとしても、その一つ一つは人の中にあり、動物の中にあり、植物の中にあり、石の中にも一滴の水滴の中にも・・・すべての中に存在しています。実は我々そのものが神様なんですねー、それに気付くとどなた様も神様に見え、どんな物も神様となるわけです。
現実では、そこまで本当に悟りきったら、人間として輪廻転生してこの世に生れることはないので未完成のまま産まれてきて、苦労して楽しんで喜怒哀楽を繰り返しているのが人です。
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話はとびとびになりますが「アカシック・レコード」って聞いたことありますか?
天に刻まれたテープレコーダーのようなもので、この世でやったこと、気持ち、意識、行為は全て天の「アカシック・レコード」に記憶され、その人が亡くなって閻魔大王様の所へ行った時に一生分のその記録をあっという間に見せられてるのだそうです。
それによりあの世での行く世界が違ってきます。
良い事をした人はいわゆる天国と言われている世界へ、悪い人をした人は地獄の世界へあの世は波長の法則で同じ考えのある魂どうしが集まる階層の世界です。
アカシック・レコードは今もいつも天に刻まれています。
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この世のものがすべて神様から与えられたもので自分のものなど何もないだと必要な時に必要な分だけ与えられる、それは命も同じです。災害にあったとします、その人や生き物が死ぬ運命なら死ぬのです。そうでなかったら、奇跡的に助かります。すべては神様が決めているんですからゆだねて身を任せればいいんです。
そう思うと楽になりませんか?
でも、これは多分事実ですねー。
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